中島敦「南島譚」

パラオの話。「夫婦」という話が面白かった。

パラオ地方では痴情にからむ女同志の喧嘩のことをヘルリスと名付ける。恋人を取られた(或いは取られたと考えた)女が、恋敵《こいがたき》の所へ押しかけて行って之《これ》に戦を挑むのである。戦は常に衆人環視の中で堂々と行われる。何人も其の仲裁を試みることは許されぬ。人々は楽しい興奮を以て見物するだけだ。此《こ》の戦は単に口舌にとどまらず、腕力を以て最後の勝敗を決する。但し、武器刃物類を用いないのが原則である。二人の黒い女が喚《わめ》き、叫び、突き、抓《つね》り、泣き、倒れる。衣類が――昔は余り衣類をまとう習慣が無かったが、それだけに其の僅かの被覆物は最低限の絶対必要物であった。――※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12]《むし》り破られることは言う迄もない。大抵の場合、衣類を悉《ことごと》く※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12]り取られて竟《つい》に立って歩けなくなった方が負と判定されるようである。それ迄には勿論双方とも抓り傷引掻き傷の三十ヶ所や五十ヶ所は負うている。結局、相手を素裸にして打倒した女が凱歌をあげ、情事に於ける正しき者と認められ、今迄厳正中立を保って見物していた衆人から祝福を受ける。勝者は常に正しく、従って神々の祐助《ゆうじょ》祝福を受けるものだからである。

正式な手続きとしてのキャットファイト。今もヘルリスの習慣が残っているのか分からないが、パラオのお年寄りは日本が統治していた時の名残で日本語が話せる人が多いそうだから、日本語で武勇伝を語ってくれるお婆さんがいるかもしれない。